ペン先が踊ってる(TM)

自分で言うのもなんだが、なかなかのロマンチストだと思う。

いや、ザ・スターリンを牽くまでもなく「吐き気がするほど」ロマンチストである。

いい歳してとか言ったものだが、最近年齢は関係なく、歳をとっても人は、本質的なところは変わらないなあと人を見ても自分を省みても感じる。

大人になり、社会的な立場やプライベート、労働環境が変わったところで、ふと気を抜くと素顔の自分がふっと顔を出すのだ。


十月になって少し余裕が出来たので、自分の来し方行く末を見直している。

と書くと大袈裟だが、時間が出来たので来年はどのように動くか、それを考え準備をしている最中だ。

自分が本当にやりたいことは何か、改めて見つめ直している。

とりあえず十年に及ぶ夜型を改めて、朝型の生活に切り替えた。

そして書く機会を増やし、積極的に本を読もうと思った。

SNSの時間を減らし、書店にまめに立ち寄り本をアマゾンで即ポチし、毎日手書きで日記を書く。

noteでコラムを書く。歌詞も書く。

書くこと、創ること、演(技、奏)じること。

それが僕のやりたいことなんだと。


何年も白紙だったノートを手に取り、お気に入りの青いペンで日記を綴り始めた。

すると、自分の心が躍っているのが手に取るようにわかった。

ペン先がステップを踏んで、軽やかに舞っているのだ。

以後、毎朝コーヒーを飲みながら文字を綴る生活が続いている。





日記は自分に向けた手紙だ。

誰に読ませる目的でもない。自分が自分の心を知るためのものだ。

人に話すと「何の意味があるの?」と言われることもあるが、僕はそうすることで自分の襟を正すことが出来るのだと改めて感じた。

自分の心を決めるために、自分と文通する必要がある。

自分がこの(人生という)長大な映画の主演俳優だということを再確認し、演出を固めるためのノートだ。

ダサい演技をしないためのプランニングであり備忘録だ。と、考えている。


この日記に書かれている一部は僕のnoteのマガジンで公開しているが(今月よりリニューアル。最後に資本主義っぽくなってしまったけども)書かれていない一部については「演出プラン」の末に制作された「作品」のなかで見つけてくれたら嬉しいなとは思う。

いつだって、歌詞のなかにだけ真実を書いているのだ。


「これは映画じゃなく現実だ」

「現実は夢を諦めた人の世界よ」

ウディ・アレンの新作の一節です。

本日もあなたの物語を生きましょう。それでは。