青森県八戸市に生まれ、幼少時に東京へ。父は作曲家という音楽一家に育つが、ピアノデビューは小学2年生とやや遅め。練習がイヤでいやで親の目を盗んでめちゃくちゃに弾いて練習のふりをしていたが、これが後に今の即興演奏の基礎となった。高校入学後ブラスバンド部に入り、トランペットや指揮を経験。大学受験時、進路を全く考えていなかったため、消去法で音楽の道を選ぶこととなり、作曲を学び始める。浪人中、松永天馬に誘われ演劇で音楽を担当。活弁映画の伴奏やサンプリングなどにも手を出す。音大卒業後、現代音楽、ジャズ、テクノなど無差別のジャンルで活動。他バンドのエンジニアリングなども手がける。アーバンギャルドのアレンジの多くは彼を中心に制作されたものである。

アイロニーだけが
愛だった